とある平日。
いつものように仕事をしていると、
『ねえ、りっけい君(ぼくのこと)ちょっと登山に行かない?』
と話しかけられた。
声をかけてきたのは、大滝さん(仮名)だ。これまで何度も遊びに連れ出してくれる先輩!
『え!いいですね!行きたいです!!』
迷わず答えると、嬉しそうにこっこり微笑む大滝さん。遊びのこととなると、子供のような笑顔になるからこの人は面白い。
『じゃ次の週末に。岩手山に登ってそのままキャンプしよう!』
短いキャッチボールで一気に予定が決まった。このフットワークの軽さ、いい!!
事前に言われたものを準備して、当日を迎えた。
テント、マット、シュラフ。あとは調理道具と着替えなどなど。
初めての登山で心がウキウキする。いったいどんな景色を見られるんだろう。知らない世界へ足を踏み入れる瞬間を想像する。うん、きっと楽しいぞ。知らないことは、楽しいことだ。
朝8時に迎えに来てくれた先輩のクルマに乗せてもらい、250km先の岩手山へ直行する。
今回の舞台、岩手山。
岩手県の西部にそびえる標高2038mの独立峰。
東北の背骨である奥羽山脈のひとつで岩手県内の最高峰でもある。活火山なので噴火に要注意(今は警戒レベル1)。
うん、素晴らしい山だ。1年前に初キャンプをしたのも岩手山だった。
過去の記事:初キャンプをテキトーにやってみたら、過酷なキャンプに成り果てた話
初めて全貌を拝んだ時には感動したものだ。あのとき見上げていた頂に、今日登る。ちょっと胸が熱くなる。
出発から4時間。
岩手山の焼走り(やきばしり)コース入り口に到着!
まずは腹ごしらえだ。
カロリー大好き!
大盛りパスタ、サラダ、豆腐と栄養バランスよく食べる。過酷な道のりでも、身体を動かし続けられるように、エネルギーを溜め込んでおく。
『え?そんなに食べるの!?』と驚いていた大滝さんは親子丼だけで満腹なようだ。自転車でもそうだけど、補給の仕方は人それぞれで面白い。ぼくは食べたいときに食べるシンプルスタイル。燃費が悪いせいか結果たくさん食べてしまうというね!
あとは補給食とバーナーをリュックに詰めていく。あとはレインジャケットとモバイルバッテリーだけ。一眼レフはたすき掛けで持っていくよ。
大滝さんも準備バッチリのようだ。
登山口で登山届を書く。遭難した際に使うであろう個人情報をみっちり記入する。無事に帰ってこれますように。
いざ、行ってみよう!!岩手山での初登山スタート!!
ざっ、ざっ、ざっ…。
大滝さんを先頭に、リズムよく歩みを進める。
未舗装の道だけど、足元にぬかるみもなく歩きやすい。
新緑色の世界をお散歩。
葉っぱの隙間から漏れてくる日差しがきらめいて見える。風に揺られて、さわさわさわと音を奏でる木々。土の埃っぽさと、さわやかに抜けていく風。どれか1つでも欠けていたら成立しない。
ずっと昔からこの世界が取り残されてきたと思える。
自分の脚だけが頼りだ。
自転車なら惰性や下りで進めるけど、登山ではそうはいかない。全部の道で脚を動かし、小さな一歩を確実に積み重ねていく。
もっとも原初的でシンプルな移動方法だけど、人間は何万年と続けてきた進み方だ。
自分の脚だけで進む。
それだけの行為がなんだか尊い行為に感じる。これも山歩きの魅力なのかもしれない…。
ふぅ、ふぅ、ふぅ…。
徐々に息が切れてきた。勾配がきつくなって、足元も石がゴロゴロしている。
この登山コースは「焼走り」と呼ばれている。噴火したに溢れ出た熔岩流が語源らしい。真っ赤な溶岩流が斜面を流れていく様子を見て、当時の人々が焼走りと呼び始めたようだ。
たしかにデカい溶岩がそこらに転がっている。
登山道でも容赦なく転がっていて、踏むとずるずる足元が滑っていく。これがなんとも歩きにくい!!
足を上げる→地面に降ろす→着地点がずり下がる→踏ん張ってバランスをとる→半歩しか進まない
を繰り返す羽目になる。かなり体力の消耗が激しいぞ!!意外と登山って大変じゃないか!!
なかなか前に進めず苦しんでいると
『無理しないでいいよ。前に進むより、身体を上にあげる意識だとラクになるよ』
と大滝さんに教わる。
なるほど!重心を前に置かないで、身体を持ち上げるイメージで歩いてみる。
スクッ!スクッ!スクッ!
重心がブレないから、安定して進める。これはいいこと聞いた!
身体の使い方を変えるだけで、どんどんパフォーマンスが良くなるから運動は面白い!!
「いったいどれだけの勾配なんだろう?」と思って量ってみると
21°だと…!?
斜度にすると38%だぞ!!自転車で走る坂道はせいぜい10%だ。その4倍もキツイ道を登っていたとは!!これは体力消耗が激しいはずだ…!!
道はどんどん厳しくなる。
木々に圧迫された細い道をかけずり上がっていく感覚。
じめっとした湿気で汗も蒸発せず、筋肉がオーバーヒートする。背中いっぱいに汗をかくのでリュックを前に抱えて歩く。首も背中もお尻も足も、汗にまみれる。
顔を上げると、ふっと視界が開けた。
うぉおおおおお!!???
なんじゃこりゃああああ!!!
大滝さんもにっこり笑ってうれしそうだ。何度見ても見下ろす景色はたまんないらしい。そりゃそうだろう。決して見飽きることのない景色だ。
町ちっさ~~~!
爽やかな風が通り抜けて、湿気の苦しみから解放される…!きっもちいいいい!!!!
標高1000m!雲と同じ高さまで登ってきたぞ!!やっほい!!
素晴らしい。ほんとうに素晴らしい。
自分の脚で登ったからこそ、実感できる山の高さに感動していた。
だが、まだここで終わりじゃない。この絶景も通過点でしかないんだ。
頂は標高2000mだ。山頂はいったいどんな景色が見せてくれるだろう。
すっかり気持ちもラクになったぼくは歩みを進めたが、この先の道が大変なことをまだ知らなかった。
つづく