ちょっと8号線キャノボに挑戦してきた【限界ライド】

キャノボ

頑張った…きっと一番頑張った…。

だけど、ゴールに届かなかった…!

泣けるほどの悔しい気持ちを抱えたまま、ぼくは自転車を降りた。

深夜4時過ぎの山の道。ここを越えれば京都まで行ける。450km走ってきた…。

あと少し…だけど…無理…。道路に倒れこむ。やけに冷たいアスファルトが背中を刺す。が、そんな感覚も次第に無くなる。

「あぁ…ぼくはよわっちいなぁ…」
夜空を見ながら、ひとり、死にそうになっている。

僕がまだ生きていることを、冷たい風だけが教えてくれていた。


さあ、8号線キャノボの様子を紹介していこうか!

Q:そもそも8号線キャノボとは?
A:国道8号線に沿って、535kmを24時間以内に走ること。たった1人、自転車で…!

今回のコースは新潟→京都を走るもの。
もうね、自分でもわかってるよ。頭おかしいと思うよ、ほんとに。

でもやりたいんだ!!自分の走りがどんなものか、自分で知りたいんだ!!どこまで走っていけるんだ、ってね!

以前には7号線515㎞を24時間以内に走れたこともある。

なんなら8号線キャノボも3回目の挑戦だ。1回目は400km、2回目は300㎞でリタイヤしている。(過去の挑戦はここから読めるよ!

今回の3度目の正直で達成してやろうじゃないか、そう思って、まあ挑んできたわけです!
では、いってみよー!

スタート前


2020年10月31日、当日。

ううん?ふわっと目が覚める。予定の起床時間より1時間早い。睡眠大好きなぼくにしては珍しい早起き。やはりこの挑戦には緊張をしているのかな。

Twitterを開くとフォロワーさんであるS.K.さんが、ちょうど挑戦系ロングライドをやっているではないか!
盛岡→東京ライド537kmを24時間以内に走り切るらしい。とんでもねえな…。
S.K.さんと250kmライドを3週間前にやっているけど、彼の走りの強さは尋常じゃない…!

実況ツイートするS.K.さんに応援リプをしながら、ふと笑う。「ぼくも頑張ろう」

ホテルでしっかり朝食をいただき、自転車を組み立てる。

0~100km


朝7:45にスタートを切る!

いっくぞ、京都!これで3回目の8号線キャノボだ!!今度こそは行けるぞ!!
地面を蹴りだして、ペダルに足を置く。ゆっくりとペダルを漕ぎ始める。うしっ!!ここから何万回転も足を回していくだけだ!

何度も走っているコースなので安心感がある。住宅地の裏道を駆使して、意気揚々と進む。


ぎゃああ!雨に降られた!「これは弱雨だ!大丈夫だ!」と判断して向かう。たしか雨雲レーダーでは晴れ予報だし、通り雨のはず!

次第に本降りになる雨とは対照的に、ぼくの体温は上がっていく。この戦いにおいては、雨なんて些末なことだ。大丈夫、大丈夫!

進行方向に雨雲の切れ間を見つけて、回転数を上げてペダルを回す。30分も降られていただろうか。すっかり雨は上がった。よかった、やっぱり通り雨だった。

このさきはイ―ジーモード。

信号もない海岸線を突っ走るだけ。期待していた風アシストはないけど、ゴリゴリ距離を稼いでいく。ほんと海の見える道、大好き!

忘れず補給食をモグモグ。

いつものメニュー。炭水化物を中心に。うまい、うまい。

走りながら食べるのにもすっかり慣れた。よく噛んで胃腸への負担を減らしていく。やれることを愚直にやっていくだけ。

テンポよくペダルを回して、快走マシンと化して突き進む。

100~200km


4時間かからず100㎞を突破。ここから追い風が吹き始める幸運っぷり。

…と安心したからか、急に眠くなる。頭がクラっと揺れる感じ。

ここ連日の睡眠不足がたたっているんだろう。う~ん、どうしようか。

僕の取れる行動はこの3つだ。
①我慢して走る
②携帯しているカフェイン剤を飲む
③寝る

この選択肢と、にらめっことして考える。

走りのペース、自分の体力、頭の疲労度…僕の回答は「カフェイン剤を飲んで、すぐに5分横になる」だった。②と③の合わせ技。

そうと決まれば早い。首尾よく見つけたローソンの駐車場へ入り、カフェイン剤を飲み、そのまま横になる。
目を閉じると、頭の中がグワングワン回る。あぁ、眠たかったんだ…。やはり寝るのが正解か…。

ピピピッ!

スマホが元気に鳴る。うん、寝れたわけじゃないけど、頭はすっきりした。ここで5分のビハインドができたのは手痛いけど、漫然とした頭で走るより、よっぽどいい。

また自転車にまたがり、海沿いの道を疾走する。カフェイン剤も効いてきたのか、眠気もすっかりなくなった。

160kmを超えただろうか、新潟県を脱出するには、難所「親不知(おやしらず)」を突破しなくてはならない…!

ここは8号線の中で最も危険な場所だ。断崖絶壁に沿った激狭かつ連続カーブ。その上、交通量が多い。

細心の注意を払いつつ、断崖絶壁まで登る!

トンネルの道幅は狭い。抜いていくトラックの圧を感じながら、落車しないよう必死に登っていく。

緊張感のある道では、なぜか荒れ狂った車が多い。ハンドサインを出して、抜いてもらうタイミングを図る。

トラフィックバトルを終えて、無事に親不知を攻略!!

ふ~~、疲れた。狭い道でギリギリでかすめられるの、ほんと寿命が縮むよ。。。

…と、ここから、だんだんと歯車が狂っていく…。

まずは会社からの電話。
休日の電話なんていつものことだけど、今回のは重たい内容だった。あとでかけ直すことにして、解決策を必死に考える。

考えながら走り、走りながらペース配分の計算もする。社用PCもない中、必死に自分の記憶力を呼び起こすのは、なんともつらかった。

なんとか解決案らしきものを思いつき、電話して解決。

電話で時間を使ってしまい、気持ちは急いてしまう。そんな余裕のない中で、道路工事の通行止めに出会ってしまう。運悪く5分以上も止められて、さらにストレスが募っていく。焦ってはいけない。だけど、気持ちは焦る。ううう、もどかしい!!


富山県入り。

ここからは信号地獄。自転車のスピードじゃ、連続する青信号のタイミングに、絶妙に合わない。ストップ&ゴー。それが200kmも続く。それが北陸の8号線。事前から分かっていたので、ここは覚悟を決めて粛々と進むだけだ。大丈夫、大丈夫…。

太陽も傾き、かなり気温も下がってきた。

…ん?
身体の異常を感じる。…さっきから空腹感がない。

親不知攻略と電話の件で気をとられていて、補給食を食べていなかった気がする。さっきの工事信号で5分間も停車していたのに、そこでもなにも食べていない…。

ひやりと背中が冷たくなる。
いや、頭では分かっている。「1時間で300kcalを取る必要」がある、事前の計算で考えてきた。

なのに、ここ1時間半ぐらいなにも食べてない。どうしちゃったんだ…。

200~300km


200km越えを超えると、胃がシクシクと痛くなってきた。なにこれ…。すごく嫌な予感がする。

「この痛みはカフェイン剤によるものではないか?」と仮説を立てる。

けど、本当にそうなのか?いままでこのカフェイン剤は何度も飲んできたんだけど…。自分の体調の悪さを確かめるように、身体を起こしてみたり、屈めてみたりする。どんな姿勢でも胃が痛い…。とくに振動を感じると顕著に痛い…。

仮説は正解だった。話が飛ぶけど、ぼくの挑戦の1か月後、友人のさとるくんが2号線キャノボを達成した。キャノボ中、彼もカフェイン剤を飲んだ後、胃腸が猛烈に痛くなり、食事ができなかったという。

やはりカフェインによる胃痛だ…。走りながら、ぼくはそう結論付けた。
ストレス、慢性的な睡眠不足、肉体的疲労…疲れた身体にカフェインが追い打ちをかけてきたんだろう。

この痛みを無くすためにはキャノボをやめてしまうことだ。

だけど、胃が痛いぐらいではやめられない…!一時的に痛いだけで、少ししたら治るかもしれないし。

セブンイレブンに立ち寄り、水だけ購入する。補給食はまだ半分以上残っている。寒さ対策に、夜装備に着替える。

Twitterを見れば、S.K.さんがゴールしていたようだ!
盛岡→東京の536kmを21時間37分で達成したらしい!バケモノじみたとんでもないタイムを叩きだしている!!すっごいな。(彼のブログ記事はここから読めるよ!)

「さすがだなあ…」と独り言をもらして、ぼくもゴールするために自転車を進める。

富山市内の信号は数を増し、さらに時間の余裕をなくしてくる。ぼくの胃はむしろ悪化していく。
ジクジクと刺すような痛みに変わってきた。まずいまずい…どうしたものか…。最後に補給してから4時間以上はたっている…。

「内臓を温めればよくなるだろう」と考えて、コンビニ駆け込む。インスタントの味噌汁を2個買う。
そのまま店内でお湯を入れて、ごくごく飲む。

くぅあ~!暖かいものおいしい…!塩気が舌を刺激して、出汁の香りが鼻を突き抜ける。
あぁ…うまいなぁ。久しぶりに口にする温かいものに、身体が喜んでいるようだ。

これで胃の痛みがよくなりますように。そう願う。

小康状態のからだを抱えたまま小高い丘を登る。

石川県へ突入だ!!

300~400km


303km地点!前回はこの場所でリタイアした。前回を超えたぞっ!!

下を向くと強烈な痛みを感じるほどになっていた。確かに味噌汁で痛みは治まったが、一時的なものだったようだ。実はかなり悪い状態だったのに、勢いのままに走るぼくは何も気づいていなかった。痛みさえ我慢すれば、まだ大丈夫。そう思っていた。

21時を回ると、走るクルマの量がぐっと減る。ナイトライドが大好きなぼくとしては嬉しい時間帯だ!

走りやすくなった道路にテンションが上がる。

「こいこい!限界の向こう側」「こいこい!限界の向こう側」

何度もそう唱えていた。痛みの限界の向こう側へ行きたかった。

体調を観察していると、どうやら痛みに波がある。大きな痛みを超えれば、一時的に痛みが弱くなる。

もしかしたら、まったく痛みの来ない時があるのでは…?

そう仮説を立てたぼくは、「痛みを全く感じない状態」=「限界の向こう側」を待っていた。

どれほど漕いだのか分からない。どれほど唱えたのか分からない。

「こいこい!限界の向こう側」
そう呟いていると、ほんとうに痛みが治まってきた。

「きたのか…これは…?」

…うん、どこも痛くない!!!きたー!!!限界の向こう側だ!!!

何時間も耐え続けた痛みがキレイさっぱりなくなっている!!狂喜乱舞したい衝動を抑え、代わりにペダルの回転数をグングン上げていく。

いまだ、いま思いっきり距離を稼いでおくんだ!!こんな元気な時は、次はないかもしれない!!

うぉおおおおおおお!!!

火のついたねずみ花火のように荒れ狂った姿で突き進んでいった。

…うぐ…!

また痛い…くそう、波が来ちまったようだ。

耐える時間帯になった。何よりいままで1番痛い…。

どうしてこうなっちゃったんだろう。

そういえば…と、ふと思う。

「この前も胃がすごく痛いことがあったな」すこし前のことを思い出した。

睡眠不足のまま250kmライドをした後の夜。身体は疲れて眠たいのに、胃が強烈に痛くて寝付けなかった。原因不明の痛みに苦しみながら朝を迎えた。あまりにヤバいので救急車を呼ぼうかと思ったけど、最後のあがきで喉に指を突っ込んで、むりやりに吐いた。吐いたらずいぶんラクになってそのまま寝た。起きた時には体調は戻っていた。

連鎖的にもう1つのことも思い出した。
新社会人になったばかりのころ、慣れない環境の中、慣れない夜勤だった。1か月ほどしていて、謎の胃腸の痛みで入院したことがあった。1人暮らしで動けなくなり、救急車を呼んでかなりの騒ぎを起こしてしまった。あのときもストレスがかなりあった。

ふとそんなことを思い出した。
この2つの出来事とも、「睡眠不足と肉体的なストレス」が重なっていた時期だ。痛みも今回とそっくりだ。

もしかして…?

いやいやいや…いまは弱気になってい場合じゃない!違う症状かもしれないじゃないか!いけるところまで行こう!自分を叱咤する。

今はめちゃくちゃつらい。そのつらさでも、なにか心に火が着くこと無いだろうか?

「これを達成できれば、こんな辛い思いをしなくても済む」

ふっとそんな思いが沸き立った。あぁ、そうか。いま逃げ出してしまえば、きっとまた後悔する。この後悔を晴らすために、僕はまたきっと挑戦する。

その時にはどれだけ辛い思いをするんだろう…。だけど、いまのこの辛さを超えてゴールすれば、こんなつらいことはしなくてもよくなるんだ!

よっし、いくぞいくぞいくぞ!!!
心に火が付いた!!!精神力で、疲労も時間も胃痛も吹き飛ばすっ!

いま振り返れば、これは支離滅裂な思考だった。すぐに辞めるべきだった。
だけど、今までの挑戦で失敗ばかりしていて、気持ちが焦っていた。なんとしても達成したかった。

より自分を追いつめる発想をして、身体にムチを打ち、頑張ることだけが正義だと信じ切っていた。

深夜23時。最後に補給食を食べてから8時間以上がたっていた。

「胃にドリルで穴を開けられてるな、これは」と確信できるほどの痛みだった。

やむなしにコンビニでインスタント味噌汁3杯を飲み切る。これでまた走れるだろう…。

うん?

…左目がよく見えない。白くかすんでいる…。スマホの文字が読めない。

これはさすがにヤバいかも。

けど右目は見えるし、左目も遠くならぼんやり見える。

うん、辞める理由にはならないな。

まだ何とかなる。そう判断してしまった。間違った判断をしてしまった。

自転車にまたがり再スタート。
焦る気持ちが募る。徐々にペースが落ちて、時間の余裕がなくなっていた。走りながらの計算では23時間50分以内に達成できるラインにいた。うん、自分のペースで達成すればいい。S.K.さんのタイムと比較しなくてもいい。

きっと大丈夫、きっと大丈夫。

クルマをすっかり見なくなった道を1人で走っていると…2回目の限界突破きたぁああああ!!

限界の向こう側だ。今回のは強烈だ。身体が全回復した感覚に陥る。

天からパワーが降りてきた!!!

本気でそう思った。これは神からの祝福なのか。圧倒的なパワーを手にしてしまったようだ。

ほんのすこし痛みが引いただけで、「天からのパワー」を感じるほどに極限の状態だった。諦めなければ、達成できる。これだけはしっかりと感じていた。

走行距離が400㎞になろうとしたとき、福井県に入っていた。

400km~

2回目の限界突破タイムが終わった後は地獄だった。

もう痛いだなんてもんじゃない。呼吸をする度に、弾丸で胃を打ち抜かれている。

すー、はぁ、すー、はぁ…。

これだけの呼吸の間に、4発の鉛玉を食らっている感覚だ。

もうむり、もうむり、もうむり。ちっとも大丈夫じゃない。

またコンビニに寄り味噌汁3杯を装填する。それでも回復しない。肉体的限界が来ている。

今すぐキャノボを辞めてしまいたい。キャノボ実況していたTwitterで「8号線キャノボを辞めます」、ただそうツイートするだけでいい。

だけど出来ない。目がかすむ程でも、銃撃されたような痛みを抱えてても、身体が融解してしまいそうでも、脚は動いてくれるんだから。まだあきらめきれない。

過去の挑戦の思い出を、反芻する。悔しくて悔しくて…自分がほんとうに無力で、なにも成しえない、自信をなくしてしまう喪失感…。あんな思いは2度としたくない。

「これを達成できれば、あんな辛い思いをしなくても済む」

はるかさきに見えるか細い光。まだ光がある限りはあきらめたくない。

胃腸よくなってくれ。頼む治ってくれ、ほんとにお願いだ。

リスタートする。気温は6℃だけど、痛みどころで寒さを全く感じない。呼吸するたびに、肩が上下に動く。いや肩を動かさないと呼吸ができない。

「あぁ…ゴールしたあとは、病院のベッドにいるんだろうなあ」

ゴールしたら救急車を呼ぼう。それまでは頑張ろう。

ネガティブなポジティブ思考になる。

青信号を走り抜けようとしたとき…
「りっけいさん!がんばってください~~!!」

歩道から手を振ってくれる人がいる!!Twitterのフォロワーさんだ、と直感的にわかった。

「ありがとうございます!!!」と大声で返事してそのまま走り切ってしまう。

声をかけてくれたのはMOLさん(Twitter:@asgardhr_mol)だった。前回の8号線キャノボでも応援してもらってた。ほんとうにありがたい!深夜1時半の出来事だった。

直接応援を貰えて、元気が急に湧いてきた!!

うおおおお!!いけるいける!!!
全てをぶっ飛ばしに行くぞ!!!

ずっと頭の中で計算し続けたけど、福井県と滋賀県の県境の「新道野越」が最後の鬼門だ。

あそこさえクリアしてしまえばあとは平坦だ。琵琶湖の横を走るだけ。信号だってうんと減るだろう。
朝日を見れれば元気にだってなれるはず。いける、いける、いける。

標高450mを登るが、ここに45分以内に突破できれば間に合うはずだ!

福井県の海沿いを走る。パワーは出ない身体だけど、ひたすら走る。

大丈夫、大丈夫。

登りの直前。

ぐわんっ…と頭が重たくなる。これは危ないと判断して、少しだけ横になる。ちょっとだけ休もう。やけに路面が冷たい。うう、寒い。2分ほど目を閉じてまた走りだす。

よっし、最後の登り、いってやるぞ!!

パワーを掛けて登る。

っふぅ、っふぅ、っふぅ。

くっそ…パワーが全然でない…むしろだんだん力が入らなくなる。

時速は5km/hもないだろう。

あぁぁぁ…だめだ。

思わず自転車を降りる。そのまま押して登る。こんなことは初めてだ。どれだけきつい山でも、足をついたことなんてなかったのに。

でも大丈夫。諦めなければ、達成できる。

だけど、だけど…身体は言うことを聞いてくれない。安全そうな路肩を見つけて、横になる。
「ふーだいぶ楽だな…すこし休憩していこう」

目を閉じていると、クルマが寄ってくる気配がする。

「お~い、大丈夫か?」
クルマからひょいと顔を覗かせたおっちゃんが、心配そうにしている。

「すみません、ちょっと休憩してました」できる限りの笑顔で答える。
「そうか、そうか。見かけたもんで声かけたんだわ。気を付けてなあ」

気のよさそうなおっちゃんだった。わざわざ声をかけてくれる優しさを感じる。

もうちょっとだけ頑張ろう。立ち上がって空を見る。

無理かもしれない。でももう少しだけ頑張って進もう。

登ってしまえばあとは下るだけ。下ってる間に体力を回復させれればいい。だから、いまだけ。いまだけを頑張るんだ。

ギアを1番軽くしているのに、全然ペダルが踏み込めない。乗っていたのか、押していたのか、よく覚えていない。

左目が全然見えないことに気づいた。右目も見えなくなったら、もう終わりだな。そうなったらキャノボをやめよう。
…というか、治るのか…。一生このままなのかもしれないな。

疲れ、プレッシャー、痛み…
小さな不安がたくさん。ぼくの思考力を奪っていく。

あぁ…僕は弱いな弱っちいな。

気づいた時には、また路肩で倒れていた。

もう座ることさえままならず、横になることしかできない。

ひゅー、ひゅーと細く息する。

頑張った…きっと一番頑張った…。けど無理だ。もうまったく身体が動かなくなってしまった。指を動かすだけでも胃がズキンと激しく痛む。肩で息を切りながら、考える。

あぁ…ここでやめよう。キャノボをリタイアしよう。

泣けるほどの悔しい気持ちを抱えたまま、ぼくはそう判断した。

深夜4時過ぎの山の道。ここを越えれば琵琶湖へ繋がり、京都まで行ける。ここまで450km走ってきた…あと少し…。

でも…やっぱり身体は動かない。

「あぁ…ぼくはよわっちいなぁ…」
夜空を見ながら、ひとり、死にそうになっている。

僕がまだ生きていることを、冷たい風だけが教えてくれていた。

その後

そのまま30分ほど倒れ込んだまま。

空が明るくなってきたところで、ようやく身体を起こす。気温は5度を下回っているぐらい。

ここからどうしよう。圏外のスマホは何も教えてくれない。

ますは山を降りよう。降りた先には敦賀市があるからホテルで休もう。

重力に引っ張られるままに山を降りる。朝5時。市内のホテルに電話をかけて「いまから泊まれますか?料金は2倍払うので!」とお願いする。断られること15軒。

ようやく見つけたホテルへ30分かけて移動する。


ホテルの部屋へ入った瞬間に、どっと力が抜けた。

あぁ生きて帰って来れたんだなあ…もう頑張らなくてもいいんだ。

心底安心した。

シャワーを浴びて、コンビニで買った味噌汁とおかゆをゆっくり食べた。まともな食事は14時間ぶりだった。

そのあとはしこたま寝た。起きておかゆを食べて、また寝た。

休めば、胃の痛みも、見えない左目もすっかり治っていた。

あああ…よかったなあ…。もう心配することは何1つない。

安心した僕はまた眠った。

きっともう、キャノボには挑戦しない。

そう決めて、僕はまた眠った。

おわり。


結果は、454㎞/20.5hでした。

ペース実績グラフ。

味噌汁休憩でマイナス、胃痛で全体的にペースダウンしていた。
もうすこし早めに断念しておけばよかった。

他のキャノボ挑戦はここから読めるよ!